にほんもの
9月になったばかり、まだ夏真っ盛りのような暑さのなか、中田英寿は高知を旅した。この時期の高知は、戻り鰹の季節。脂ののった鰹を分厚く切り、そこに生のニンニクやネギなどをザクザクのせたタタキを食べるのが、土佐流の夏のスタミナ回復。そしてこの鰹のタタキなど、あらゆる料理で活躍するのが土佐伝統の包丁だ。
高知の伝統工芸「土佐打刃物」は、当時の領主であった長宗我部元親が豊臣秀吉の小田原征伐に参戦した際、刀鍛冶職を連れ帰ったことがきっかけで始まったといわれている。日本でも指折りの技術を持つといわれる土佐市にある土佐包丁工房 田所刃物の“研ぎ師”田所真琴さんも、最初は須崎市の「刃付屋」で修行を重ねたという。
「中学を卒業して配送のアルバイトをしていた16歳のときに、刃付屋の親方がやってきて『誰か若いやつがほしい』と。それで私が行くことになったんです。刃物を作るということで、鍛冶屋をイメージしていたのですが、刃付け屋は最後の仕上げをする仕事。そんなことも知らない状態でしたから、最初はすぐに辞めるつもりでした」(田所さん)
アルバイト感覚でのスタートだったが、やがて田所さんは刃付け、研ぎの奥深さに引き込まれていく。
「親方や兄弟子が簡単にやっているようなことも自分はまったくできない。最初は見ているだけで触らせてももらえない。負けず嫌いで悔しいから自分も技術を身につけようと思うようになり、いつの間にか夢中になっていました。頑張れば頑張るだけ技術が身につくのは、勉強や遊びよりもずっと楽しかったですね」(田所さん)
繊細な研ぎの作業に求められるのは、長年の経験に基づいた感覚。研ぎの依頼人のクセなども考慮しながら、1本1本繊細に仕上げていく。
クルマのタイヤのような回転式の砥石がいくつも並ぶ田所さんの工房。中田はかつて刀鍛冶などの工房を訪ねたことがあるが、研ぎ師に会うのは初めてだ。
「普段あまり料理をすることがないのでわからないのですが、包丁というのは何種類くらいあるんですか?」(中田)
「よく知られているのは、出刃包丁、菜切り包丁、柳刃包丁。でも和包丁では素材ごとに包丁を使い分けるので、全部あわせると200〜300種類。さらに片刃と両刃があり、生地の鋼も数種類ある。磨きの方法もそれぞれ細かく変わってきます」(田所さん)
地元の須崎市で17年間修行をした田所さんだが、さらに上を目指すため、全国各地の刃物の産地を巡ったという。そこで出会ったのが、包丁の本場、大阪の堺にいる現在の師匠だった。
「いちばんすごい人のところで学びたいと思って門を叩いたのですが、自分が作った包丁を見てもらったところ、受け入れてはもらいました。でも高知でやってきたことは何だったんだろうっていうくらい、これまでの技術や知識が通じませんでした。作業をするとして、高知が10工程だとしたら、師匠のところは20とか30とか。とにかく手間ひまをかけて研いでいく。当然、単価も上がりますが、それを納得できるだけの仕上がりになっている。この技術を学ばなきゃダメだと心から思いました」(田所さん)
この堺で知ったある事実に、田所さんはさらにやる気を燃やしたという。
「日本の和包丁の9割は堺産ということになっています。でも実はそのうち7割は高知で作られている。いつまでも堺の“下請け”をやっているわけにはいかない。なんとか土佐包丁の価値を高めていかなければと思っています」(田所さん)
田所さんが長年かけて身につけた“研ぎ”を中田も体験。「粗研ぎ」といわれる最初の段階をやってみることになった。木製の留め具にセットした包丁の歯の部分を高速で回転する砥石に押し当て、少しずつ研磨していく。砥石の回転音に金属が磨かれる大きな音が重なり、手元では火花が飛び、水しぶきも舞う。
「手に伝わってくる振動、音、火花の色、すべてを感じながら砥いでいきます。経験を重ねていくことでその感覚が身につくようになるんです」(田所さん)
何度かチャレンジしてみる中田だが、それこそ“付け焼き刃”でできる作業ではない。
「強く押し当てるだけでもダメだけど、軽く当てても砥げない。粗研ぎとはいえ、すごく繊細な作業なんですね」(中田)
さらにこのあと小さめの回転砥石を使った中研ぎ、手作業による仕上げ研ぎ、さらに刃紋を入れるなど、1本の包丁が砥ぎ上がるまでには多くの作業を経なければならない。「1日1本できないこともあります」という、丁寧な仕事で出来上がった田所さんの包丁は、見た目からして美しい。その切れ味を試そうと、田所さんのご自宅のリビングへ。用意されていたのは、ふわふわのパンだった。
「刃を押し付けるのではなく、すっと引くように切ってみてください」(田所さん)
中田は、アドバイスどおりにパンの上に包丁を置き、すっと引く。するとパンをまったく潰すことなく、包丁がすっと落ちていく。中田もその切れ味に満足したようだ。さらに鰹のタタキまで切り分ける。
「よく切れる包丁は、魚や肉、野菜などに圧力をかけないので、料理もおいしく仕上がるんです」(田所さん)
夏の終わりの高知では、何度も鰹のタタキを食べた。それでもこの日田所さんの家でいただいたものがいちばん美味しく感じたのは、よく切れる包丁のおかげだったのかもしれない。
「まだまだ自分は修行中。いつか師匠に追いつき、追い抜けるように勉強を重ねていきたいと思っています」(田所さん)
研ぎの世界は、50歳でも若手といわれるそうだ。40代の田所さんだが「日本一の研ぎ師」になり、土佐包丁の名を轟かせる日は、そう遠くないのかもしれない。