中田英寿が日本を旅する[大阪]

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中田英寿が、世界に誇る日本の本当にいいものとその作り手を巡る旅、‘にほんもの’。現地に行かなければわからない、素晴らしい日本をご紹介します。

にほんもの

大阪は不思議な魅力を持った街だ。城のすぐ近くに高層ビルがあり、最新のラグジュアリーブランドのショップのすぐ裏に昭和のにおい満載の飲食店が並ぶ。まさに“ごった煮”。だからこその味わい。この街には、まだ私たちが知らない魅力が膨大に眠っているような気がする。

秋になり、中田英寿はこの大阪を旅した。もちろん彼が目指すのは、月なみな観光地ではない。ディープな場所を訪ね、ディープな人に出会ってこそ、彼の好奇心は満たされる。

金剛組の『匠会』8組のひとつ、木内組棟梁の木内繁男さん。熟練の鉋さばきは、見ているだけで惚れ惚れするほど動きに無駄がない。

昭和と平成と令和が混在する大阪市を離れ、職人の街・堺市へ。訪ねたのは、飛鳥時代からの伝統を受け継ぐ、現存するなかでは世界最古の企業「金剛組」だ。

ここは全国の神社や寺の建設や修復を手掛ける社寺建築専門の建築会社。木の香りが立ち込める加工センターで木内組棟梁の木内繁男さんが出迎えてくれた。

加工センター内にある現寸場で四天王寺番匠器「南無阿弥陀佛」が目に飛び込んできた。聖徳太子がデザインしたものだという。よく見るとひとつひとつの文字が大工道具で構成されている。

「○○組なんていうと勘違いされることもありますが(笑)、組織のカタチは似たようなものなんです。金剛組というのは、『匠会』という8組 100名の宮大工を保有する社寺建築業者で、木内組もそのなかのひとつ。現在全国に宮大工の仕事を請負う会社が200~300存在するといわれていますが、私達は専属宮大工として金剛組の仕事を請負っています。

6世紀、聖徳太子が四天王寺を建立する際に百済から宮大工を呼び寄せた。その金剛重光というひとりの宮大工から金剛組の歴史が始まる。もともとは四天王寺内の「金剛建築部」という一部署にすぎなかったが、やがて四天王寺以外の寺社建築を手掛けるようになっていったのだという。

「大工の技術としては、普通の家をつくるのと同じ部分もあります。だから地方には、大工と宮大工を両方兼ねている方もいるようです。ただ大きくちがうのは、大工は『人が住む家』をつくるのに対して、宮大工は『神様や仏様が入る家』をつくるということ。建物そのものが信仰の対象になりますし、200年300年先までのこることも珍しくない。非常時には避難所の役割を果たすこともあります。昔ながらの技術で、見えないところまで徹底的にこだわり、どんな天災にも負けない頑丈な建築をつくっていくのが宮大工の仕事なのです」

宮大工の“昔ながら”工法の最もわかりやすい例が構造材に金属の釘を使わないということだろう。

「金属の釘を使うとサビが発生し、そこから木が腐っていくんです。だから宮大工はさまざま木組の技術を駆使して、丈夫でかつ美しい建築をつくっていきます」

そう言って木内さんが見せてくれたのが、いくつかの木のブロックのような木組。直角や直線に2つの木を組み合わせてあるだけなのだが、精巧につくられたそれぞれのパーツにはまったく隙間がなく、ひと目見ただけだとどのように組まれているのかまったくわからない。まるで木製のパズルのようだ。

「使い方によってたくさんの木組の種類があるんですが、昔のもののなかには遊び心のある木組もあって、どうやってつくったのか頭をひねるようなものもあります。そういうのに出あうと、昔の宮大工から謎掛けをされたような気がして楽しくなるんですよ」

金剛組の仕事場は、全国各地の神社仏閣。この加工センターでは、細かなパーツや建築前の模型などがつくられているという。なかを案内してもらうと、すでに組み上がった高さ2.5メートルほどの塔の模型が置かれていた。柱の1本1本から屋根の反りの角度まで正確に計算した縮小版の模型をつくり、作業工程を考えたり、耐久性などをチェックしたりするのだという。もちろんすべてが手づくり。遠くから見ても、近くで見ても、完璧だ。その精巧な仕上がりを見ただけで金剛組の宮大工の超人的な技術が理解できたような気がした。

建築をする際には縮小版の模型をつくり、構造のチェックを行うこともある。その精巧な出来栄えを見ただけで金剛組の高い技術力が伝わってくる。

「中田さん、カンナかけてみませんか?」

木材の表面をなめらかにする鉋(かんな)がけは、大工の技術の基本であり、いかに薄く削るかが腕の見せどころでもあるという。熟練の大工の鉋くずは0.1ミリ以下。なかには0.03ミリという凄腕もいるのだとか。見様見真似で中田も挑戦してみる。だが、なかなか木内さんのお手本通りとはいかない。

「一気にひかなきゃいけないんでしょうけど、それが難しいんですね」(中田)

「木に対して刃がどんなふうにあたっているのか見えませんからね。それを覚えるのに長年の修行が必要なんです」(木内さん)

「いまの若い人は修行に耐えられないんじゃないですか?」(中田)

「私たちのころは、“技術は見ておぼえろ”と言われて、怒られながら身につけたものですが、最近はそういうわけにはいきませんね。手取り足取り教えて、忘れたらまた教えて(笑)。でも神社が好きだ、宮大工になりたいという若者が自分から来てくれるので、すぐに辞めたりはしません。いったん現場に入ると休みなく働くことも多いですが、多少の無理は頑張ってくれます」(木内さん)

そんなふうに話しながらスススっと鉋をかける木内さん。鉋くずを見ると、透けて見えるほどに薄い。もっと驚いたのは、鉋をかけたあとの木材を触ったときだ。まるでワックスをかけたあとのようにツルツル、スベスベ。あらためてその技術力に感服する。中田は、木内さんが使っている鉋が気になったようだ。

「大工道具はどうされているんですか? 伝統工芸の職人の方から『技術はあっても道具をつくる人がいなくなって困る』という話を聞くことも多いんですが」(中田)

「大工道具はまだ専門の業者がいるから大丈夫ですね。でもひとつひとつの道具は大工の命。みんな自分でしっかり手入れしていますよ」(木内さん)

木内さんの鉋くずは、向こうが透けて見えるほどに薄く、そして途切れない。これでも木内さんにとっては「ちょっと調子悪い」レベルだという。

木内さんは言う。「100年先、200年先を見ながら仕事をしていると、手を抜くことなんてできないですよ」。これまで神社や寺を訪ねて建築全体を眺めることはあったが、それをつくった宮大工のことまで思いが至ることはなかった。

これからは柱の1本、床材の1枚にまで目を配ってみよう。それをつくったのはもしかしたら100年前の宮大工かもしれない。そこにはその宮大工が長年かけて身につけた技術と思いが込められているのだ。近代的な高層ビルから1時間もかからない場所で飛鳥時代に出会った。大阪という街は思っていた以上に奥深い。

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