にほんもの
いま日本の竹工芸は、世界から注目されている。2017年から2018年にかけてニューヨークのメトロポリタン美術館で行われた竹工芸の名品展は、約47万人を動員。コレクターは世界中に存在し、日本の竹工芸作家の作品が国内の数倍の価格で取引されているという。日本で“日常の道具”として発達した繊細かつ卓越した技術がアートとして世界を驚かせているのだ。
そんな竹工芸の世界を広げている作家が静岡にもいた。静岡市「みやび行燈製作所」の杉山茂靖さんは、兄二人とともに家業を継ぎ、駿河竹千筋細工の伝統を守り続けている。
「竹細工は日本全国にありますが、各地それぞれの特長があります。私たちが作っている駿河竹千筋細工の特長は、とにかく細かいということ。有名な大分の竹細工では1.2〜1.6ミリくらいの平らな竹ひごを作ってそれを編みますが、静岡では細いものは0.3〜0.4ミリの丸い竹ひごを使います。他が竹を“編む”のに対して、ここでは“組み立てる”んです。もともとは用途の違いから、製法も違ってきたようです。他が農具から発展したのに対し、駿河竹千筋細工は江戸時代の初期に鈴虫を入れる虫かごから始まった。だからより繊細な技術が求められたと言われています」(杉山さん)
もともと安倍川沿いに豊富に竹があったことから発展したという駿河竹千筋細工は、150年近く前の明治6年には、日本の特産品としてウィーンの国際大博覧会に出品され、海外でも認知されていたという。特長である細い竹ひごは、驚くほどに繊細な作品を生み出す。その名前の由来ともなっている「三尺のなかに千本の竹の筋を通す」という技術は、今もしっかりと受け継がれている。
「竹細工の基本は竹ひご作り。竹それぞれの特性を理解しながら皮を向き、厚さを揃え、なめらかな丸ひごを作っていく。駿河竹千筋細工では、穴に竹ひごを通すので、均一の竹ひごを作らなければ完成に大きな影響があります。まったく同じサイズの竹ひごを作れるようになるのに数年の修行が必要です」(杉山さん)
さらに難しいのが、竹に熱を加えて四角く曲げる作業だという。中田英寿は、イタリアの有名ブランドの工房で持ち手に使う竹を曲げる作業にチャレンジしたことがあるというが……。
「職人を見ていると簡単に曲げているように見えますが、思ったとおりにいかないですよね。熱を加えすぎてもダメだけど、熱が足りないと曲がらない。節の部分もあるし、それぞれの竹によっても力加減を変えなければならない」(中田)
「そうですね。竹それぞれの特長もあるし、乾き具合や季節によっても微妙に変わってきます。やり直すことができない作業なので、僕も今だに緊張しながらやっています」(杉山さん)
虫かごから発展した駿河竹千筋細工は現在、行燈や照明器具としても人気を呼んでいるというが、「みやび行燈製作所」では、さらに新しい挑戦も行っている。
「ここ数年、人気になっているのが竹製のバッグです。竹のバッグなら他の人とかぶらないし、高級ブランド品に比べたら安く手に入ります。意外なことに若い世代の方が多く買ってくれているようです。竹のバッグは夏しか使えないという人もいますが、僕はそれでいいと思っているんですよ。日本には四季があるんだから、季節を楽しむバッグがあっていいじゃないですか。洋服を衣替えするように、そろそろ夏だから竹のバッグを使おうかなという感じでクローゼットから出せば、それだけで季節を感じられますよね。竹工芸を通してそういう日本らしさ、伝統を伝えていけたらうれしいですね」(杉山さん)
虫かごから進化したバッグには、竹ならではの凛とした美しさがある。和装にも洋装にも似合う不思議な魅力を持った逸品だ。
「僕は、竹工芸のピークは10年後、20年後だと思っています。使えば使うほどいい色に変わっていきます。世の中にはもっと強くて安い素材もたくさんあります。でもたまには不便なものもいいんじゃないですかね。竹工芸なら修理しながらずっと使えます。あえて不便なものを使うのも粋だと思います」(杉山さん)
ただ伝統を守るだけではない。伝統の技術を時代にあわせて進化させ、未来へと伝えていく。駿河竹千筋細工のような挑戦が日本の竹工芸を世界のBAMBOO ARTへと昇華させていくのだろう。