にほんもの
中田英寿が、世界に誇る日本の本当にいいものとその作り手を巡る旅、‘にほんもの’。
現地に行かなければわからない、素晴らしい日本をご紹介します。
中田英寿には、日本が誇る日本酒を世代や国境を超えて伝えていきたいという強い信念がある。だからこそ、彼は自らの足で全国の酒蔵を訪ね、酒をのみ続ける。現在日本には約1200の蔵があるが、中田はそのうち約400軒をすでに訪問している。2016年には、日本酒などの日本文化の流通やPRの会社を立ち上げ、各地で日本酒イベント「CRAFT SAKE WEEK」を開催するなど、さまざまな活動を行っている。
2020年1月、中田は酒蔵をめぐるために栃木を訪ねた。豊かな自然に恵まれた栃木には名水があり、おいしい米がある。さらに東北や北陸に近いため、古くから有名な南部杜氏や越後杜氏が集まり、美酒を醸してきた。
「決して全国的に知られていなくても、地元に根付き、地元で愛されている日本酒があります。酒蔵によっては、地元用と東京用で味や銘柄を分けているところもあるので、できるだけ地元に行って、その場でその土地の雰囲気などを感じながらのむことで、酒を理解できるんです」(中田)
最初に訪ねたのは、宇都宮市にある「虎屋本店」。1788年に創業した老舗で、『七水』や『菊』などの日本酒をつくっている。1月といえば、酒づくりの最盛期。宇都宮の中心部にある酒蔵からはもくもくと蒸気のけむりが立ち上っていた。
「昔からのファンも大切にしたいのですが、若い人にものんでほしいので、毎年チャレンジするための酒をつくっています。かといって、のみやすさだけを追い求めると、日本酒本来の良さが消えてしまう。そのバランスをどうするのかを常に考えています」(杜氏の天満屋 徳さん)
都市部の蔵だけに、小さな敷地を縦型につかっているのが面白い。蒸した米をクレーンで持ち上げ、麹をまき、さらにクレーンでタンクに持っていく。そんな空間で酒が醸され、貯蔵庫に行くとかぐわしい香りを漂わせていた。
二軒目は、益子町にある「外池酒造店」。焼き物の町として知られる益子には県外や海外からの観光客も多く訪れる。蔵に隣接した販売店では地元のいちご「とちおとめ」をつかった酒などが前面に並び、どこか“軟派”な印象もあったが、蔵を見学すると、チリひとつ落ちていない清潔さ。そんなところから真剣に酒づくりをしていることがヒシヒシと伝わってきる。
「掃除は天井まで丁寧にやります。私たちは目に見えない微生物と相手にする仕事です。環境を整えてあげないと、“彼ら”は仕事をしてくれませんから」(杜氏の小野誠さん)
南部杜氏のもとで修行した小野さんは、手づくりにこだわる新ブランド『望』の仕込みも担当している。
「新しい日本酒を次の世代に伝えていきたい。県内だけでなく、県外の方、海外の方にも楽しんでほしいんです」(小野さん)
蔵を見学し、中田が酒を試飲する。通常、利き酒をするときはのみこむことまでしないが、中田の場合、しっかりとのむ。それはのどごしの感覚を確かめるためだという。ずらりと並ぶ惣誉のラインナップ。試飲は一口ずつとはいえ、さすがに三軒目ともなると、中田の口も軽やかになってくる。
「米は何をつかっていますか?」、「水の性質は?」といった基本的な質問から、どんな酵母をつかっているか、どんな設備をつかっているか、どうやって流通しているか、あるいはどんな器でのむのがおいしいか、といった細かいところまで酒談義が続く。
「日本酒業界はいま決していい状態ではありません。それでもちゃんと酒をつくっている酒蔵は売上を伸ばしています。真面目につくって、きちんと管理すれば若い世代にも、海外の人にも絶対に日本酒はおいしいと思ってもらえるはずです。僕はそれを側面から手伝っていきたいと思っています」
中田は本気だ。その言葉を聞く、蔵人たちの表情も真剣そのものだ。今回めぐった栃木の酒蔵の杜氏はみんなまだまだ若い。彼らも日本酒の未来を信じているはずだ。「伝統は守りたい。でもそのためにも変わっていかなければならない」。杜氏がみんな同じようなことを口にしていたのが印象的だった。