チャーリー・マーティン:モータースポーツ界に「虹」をかける

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チャーリー・マーティンは、伝説のニュルブルクリンク24時間レースに参戦した初のトランスジェンダーのレーシング・ドライバーとして、歴史にその名を刻みました。しかし、彼女にとって、これはモータースポーツ界の多様性の向上、ル・マンへの参戦を目指す道のりにおけるうえでの、マイルストーンのひとつに過ぎません。今回、勇敢なドライバーである彼女に、新しい考え方、サーキットの内外での勇気ある行動、人生を変えた決断について、トラックサイドで話を聞きました。

2022/3/15

ニュルブルクリンクの早朝。ピット・レーンからはガソリンの匂いが立ちのぼり、ガチャガチャという工具の音と混ざり合いながら、エンジンの咆哮が轟いています。パドックは、せわしなく働く何百人もの整備士やクルーたちであふれかえっています。チャーリー・マーティンは、ガレージの前でレーシングカーと積み重なるタイヤの間に座り、目を閉じて、周囲の喧騒を遮断していました。英国人の彼女は、顔にあたたかい陽の光を浴びながら、頭の中でサーキットを走っており、操縦やコーナリングをイメージして身体を動かしています。今日の天候がどうなるのか、彼女にも、BMW M240i Racingにも、そしてノルトシュライフェにもまだ分かりません。しかし、彼女は困難な状況でも物怖じしないレーシング・ドライバー。男性中心的なモータースポーツの世界に、女性として自分の存在を示すことが彼女の原動力です。チャーリー・マーティンは、1981年にイングランドのレスターで男の子として生まれました。このことが、彼女の人生を大きく変えました。

自分だけのレコード・ラインを見つける

1980年代の多くの少年少女たちと同じように、チャーリー・マーティンは大ヒット映画『トップガン』に魅了され、戦闘機のパイロットになることを夢見ていました。数学や物理の成績が不十分だったので、航空業界では大成できないことをすぐに悟り、夢を断念しました。しかし、少年はすでに「スピードへの欲求」の虜になっていました。ある日、レーシング・ドライバーである親友の父親に連れられ、友人とサーキットを訪れました。そして、チャーリーは心を奪われたのです。それからというもの、あらゆる機会を利用してサーキットに行き、レーシングカーやクルーのそばにいました。有名なレースをコンピューターで繰り返し再生し、自分でハンドルを握る日が来るのを待っていました。チャーリーはすぐに、自分がとても速いことに気づきました。そして、とても上手でした。19歳で初めてル・マンを訪れたとき、チャーリーは決心しました。フランスに留まり、サーキットではなく、ヒルクライムでモータースポーツでの最初の実績を残しました。しかし、そのようにして過ごす年月の間、見えないところでは別の変化が起こっていました。7歳のときから、チャーリーは自分が女性であると感じていました。自分の歩んできた人生が正しかったのかという疑問は、成長するにつれて大きくなっていきます。そして、自分が間違った体で人生を送っていることをはっきりと自覚するときがきました。他のトランスジェンダーの人たちとの対話を経て、性転換することを決断しました。

その決断は、チャーリー・マーティンの人生に、予想をはるかに超えた多大な影響を及ぼすことになりました。一時的とはいえ、自分の夢や情熱さえも諦めざるを得なくなったのです。「2012年に、女性に性転換したことをカミングアウトしました。正直に言うと、それから本当に辛くて恐ろしい時期がはじまりました。その年の初めには、レースの出場を諦めるという苦渋の決断を下しました。ドライバーたちが集まるパドックで、自分は受け入れてもらえないだろうと確信していました。私はモータースポーツをとても愛していて、私にぴったりの居場所だと感じていましたが、関係者の全員が私に背を向けるだろうと心の底から思いました。ドライバーの親友たちにメールで連絡を取ったところ、そのうちの一人は二度と話をしてくれなくなりました。初めてパドックに戻ったときは、恐怖で震えていました。しかし、少数の友人が私をサポートしてくれました。このことは生涯決して忘れられません。大半の人は、私のことを避けました。おそらく抵抗感を持っていたのだと思います。その状況が変わるまでには長い月日がかかりました」。

恐怖が勇気へと変わる

それでも、チャーリー・マーティンはすぐに決意を改めました。「さまざまな感情が入り混じっていました。人生で最悪の状況でしたが、最後には勇気を持って決断しました。私はその決断からずっと逃げていたのだと思います。もう後戻りはできません。でも、確信していました。この最大の困難を乗り越えて正しい方向へ踏み出すことができれば、私を邪魔するものはもう何もないのだと。自分自身を受け入れることができて、穏やかで安らかな気持ちになりました。未知の世界への旅なので、不安でいっぱいになることもありました。しかし、自分にとって正しい決断をしたのだと心から信じることができれば、恐怖は勇気に変わるのです」チャーリー・マーティンは野心に燃え、モータースポーツのランキングを少しずつ挽回しながら、自分の人生のために戦い続けています。

理由を知ること

レースに復帰するために乗り越えなければならない最大のハードルは、周囲のステレオタイプな考えや偏見ではなく、自分自身の不安だったと、レーシング・スーツのボタンを留めながらマーティンは言います。「最初の頃、以前から私のことを知っていたはずの人から避けられることが多々ありました。それに気がついたときは、本当に不安な気持ちになりました。彼らの態度を受動的な攻撃行動として捉えがちでしたが、実際には、彼らはただ慣れていないだけだったのです。私のことを避けた人の大半が、トランスジェンダーの人に会ったことがありませんでした。会話をして、私のことを理解してもらえると、物事がもっとスムーズに進むようになりました。偏見ではなく、情報不足であったり、間違ったことを言ってしまうのではないかという恐怖心から、そのようなリアクションをしたのだということが分かりました。とはいえ、自分の人生を不必要に困難にするべきではありません。どんなにくだらないことでも、悪気なく質問してくれるなら良いと思っています。そうでなければ、どうやって壁を壊すことができるでしょうか?」

 

チャーリー・マーティンは、何度も周囲の人々から助けられてきました。「私を信じてくれた人や、私が自分自身を信じられるように手を差し伸べてくれた人がいました」これは彼女に大きな影響を与え、自尊心を高める助けになりました。ただひとつ、39歳の彼女が残念に思うのは、それを両親と一緒に体験できなかったということです。マーティンは、まだ子供のときに父親を、23歳のときに母親をともにがんで亡くしています。「母は、私の最初のレーシングカーのために400ポンドをくれました。人生で最も情熱を注いでいるモータースポーツの始まりを、母とともに体験できたことは、とても大切な思い出です」モータースポーツの世界に入るのは資金面での問題がつきものです。自分の力だけでそれを乗り越えられたことは、マーティンにとって最初の勝利となりました。

サーキットでの遅れを取り戻す

チャーリー・マーティンがヒルクライムからサーキット・レースに転向した際に乗った最初の車はMINIでした。ジネッタGT5チャレンジに参戦し、ミシュラン・ル・マン・カップではノルマM30 LMP3を運転しました。その後参加したチームは、彼女がモータースポーツにおける大きな目標に取り組むのをサポートしてくれました。そして、BMW M240i Racingで「ニュルブルクリンク24時間レース」に参戦します。「Adrenalin Motorsports(アドレナリン・モータースポーツ)に加わったとき、私を敬遠させるような空気にしたくありませんでした」とマーティンは語ります。「テスト走行の初日に、私はチームのボスとミーティングをして、自分のことを話しました。ボスの反応は印象的で、私に安心感を与えてくれました。私の個性とモータースポーツへの愛が重要だと言ってくれたのです。それこそが、私が何者であるか、何者になりたいかを示すものであり、私たちがチームである理由なのだと」ライバルたちとは、最初からそれほど上手くはいきませんでした。「トランスジェンダーの女性にランキングで絶対に負けないようにと、危険を冒して無茶な運転をしているドライバーがいるのを、長年にわたって何度も感じていました」 。

レースの日、ピット・レーンに入ると、エンジンの轟音が聞こえ、胸が高鳴るのを感じます。生きていることを心から実感します。クルマがサーキットに飛び出すあの瞬間は、何物にも代えがたいのです。
チャーリー・マーティン


モータースポーツは、依然として男性中心の世界です。モーター・レーシングで多様化を推進するためには、何を変えることができる、あるいは何を変えなければならないのでしょうか?「このスポーツにおける、平等性を向上させたいと思います」と、チャーリー・マーティンは両手で三角形を作りながら言いました。「モータースポーツは、F1を頂点とするピラミッドのようなものです。プロの女性F1ドライバーを増やすには、底の部分から女性の割合を増やしていかなければなりません。つまり、若い女性に可能性を示すためのロールモデルを作る必要があります。若い女性が自分の好きな職業に就くことができると感じられるようなロールモデルがあれば、ジェンダーのステレオタイプを打ち破り、モータースポーツは男性だけのものというような認識に疑問を呈することができます」。



彼女自身がこのスポーツに惹かれる理由は何でしょうか?チャーリー・マーティンは両手を広げて、活気に満ちたピット・レーンに向き直り、こう叫びました。「これです!まさにこの場所です!カーマニアの一員として、ともにモータースポーツへの情熱を分かち合いながら働くことが大好きなのです。まるで大家族です。レースの日、ピット・レーンに入ると、エンジンの轟音が聞こえ、胸が高鳴るのを感じます。生きていることを心から実感します。クルマがサーキットに飛び出すあの瞬間は、何物にも代えがたいのです。アクセルを踏みながらサーキットを走ると、今が全力を尽くすべきときだとわかります。すべての意識がこの瞬間に集中し、他のことはどうでもよくなります。それが好きです」。

情熱と信念を持って自分の価値観を主張し、積極的に生きることの大切さを伝える代表者がいれば、社会に真の変化をもたらすことができます。
チャーリー・マーティン

プラットフォームとしてのSNS

マーティンは、写真撮影の合間にショート・ビデオを作っています。彼女は常にスマートフォンを手にしているので、SNSのフォロワーはいつでも彼女のストーリーが見ることができます。匿名で憎悪を拡散し、誹謗中傷する人もいますが、それに負けず、できる限りのことをしています。「何年も経つと、気にしないでいられるようになりました。なぜトランスジェンダーであることを公表する必要があるのかと批判されることもあります。速ければそれでいいのだから、モータースポーツにLGBTQを持ち込む必要はないと言うのです。しかし、そういう人たちは、スポーツで自分に影響を与えたロールモデルが皆、自分と同じ姿をしていれば、本当の自分として成功できるかどうか悩まなくて済むということを見落としています。だから、公表することが重要なのです。私が子供の頃は、スポーツや仕事で目に見える形で活躍しているトランスジェンダーの人を一人も見たことがありませんでした。このことが、自分の人生の可能性についての考えを大きく左右しました。Twitterで人と議論するのは難しいですし、そんな時間も気力もないので、ポジティブな話や行動を通して伝えたいと思っています」。


チャーリー・マーティンは、「パイオニア」や「ロールモデル」という言葉にいまだに違和感を覚えるそうです。「私にとっては、他の人と同じように自分の人生を歩んでいるだけなので、自覚するのが難しいときもあります。でも、自分が達成したことに対しては自信を持っています。誰かが行動するのを後押ししたり、私が知っていることを共有したりしたいと思い、YouTubeで性転換について話し始めました。何年にもわたって、数々のポジティブな感想を受け取りました。私のビデオログを見て、性転換をする勇気をもらえたというメッセージもたくさんありました。誰かの幸せのために、ほんの少しでも力になれたことを知るのは、大きな励ましになります」。

自分の価値観のために立ち上がる


しかし、マーティンは、モータースポーツ界は、多様性や包括性、レプリゼンテーションについて、もっと幅広い議論をする必要があると考えています。「モータースポーツ界の新たな人材を獲得するためにも、あるいはドライバーたちのパドックがインクルーシブな環境であることを示すためにも、運営組織、トーナメント主催者、そしてブランドは、イニシアチブを発揮しなければなりません」マーティンは、今や誰もが知っているLGBTQのレインボー・カラーの鮮やかな靴ひもを指さしました。「Team Pride(チーム・プライド)によるレインボー・レースのようなキャンペーンは、明確なメッセージを即座に発信できるため、複数の団体から支持されています。メディアもまた、多様性を積極的に受け入れ、促進することに貢献できます。私の話を聞いて、他の人が同じ道を歩むきっかけになれば嬉しいです」。


社会の考え方を変えるにはどうすればいいのでしょう?チャーリー・マーティンは、従来のマインドセットに疑問を持つことが重要だと考えています。「人は往々にして、変化や未知のものを恐れます。しかし、つまるところ、変化はひとりひとりの小さな一歩から始まるのです。私自身の経験から、ほとんどの人は私が思っていたよりも寛容であることが分かりました。最も効果的な方法は、お互いに共感や思いやりを持つことです。情熱と信念を持って自分の価値観を主張し、積極的に生きることの大切さを伝える代表者がいれば、社会を変えることができます」。

なりたい自分に忠実であり続ける

「ゴー?ゴー!」スタートの合図が無線で伝えられると、マーティンのチームはカー・ナンバー「242」のBMW M240i Racingをガレージから出しました。ぞくぞくするような活気に満ちて、真剣な空気が流れます。ニュルブルクリンク24時間耐久レースの予選がいよいよ始まるのです。パンデミックの影響で、レースは9月末に延期されました。つまり、日が落ちるのが早まり、夜の時間が長くなります。コース上には暗雲が垂れ込めてきました。マーティンは、後頭部に「Go Charlie(ゆけ!チャーリー)」のロゴが入ったヘルメットに手を伸ばします。彼女の人生のモットーは、自分のやるべきことをやって、ひたすら前を向いて生きていくことです。そして、その姿勢を他の人にも伝えたいと思っています。観客やファンに向けてメッセージはありますか?「はい。自分の可能性を信じ、自分の未来を切り開く力を信じれば、夢を叶えることができます。そして、自分がなりたいと思う人間像に忠実であり続けてください。社会からの期待に応えるために妥協してはいけません。また、前例がないからといって、不可能だとは限りません。まだ誰も成功していないのなら、あなたが皆の誤解を解く人間になれるかもしれないのです」。

自己ベストを追い求める


ニュルブルクリンクに夜が訪れました。雨が激しく降り、濡れたアスファルトには白や赤のライトが反射して輝いています。視界が狭くなり、ブレーキやタイヤへの負担が増し、ドライバーたちは厳しい表情を浮かべています。しかし、チャーリー・マーティンは速度を緩めません。予選の最終ラウンドが終わり、チームがクルマをガレージに戻したとき、彼女はスターティング・グリッドに78位、クラスで6位につけていました。整備士たちは祝福し、ドライバーも嬉しそうです。しかし、マーティンのことを少しでも知っている人なら、彼女が野心に燃えていることにすぐに気がつきます。「フライング・ラップ中にコード60に阻まれて、少し悔しい思いをしました。毎回、もっとうまくやれたのにと思いますね。それは良いことでもあり、悪いことでもあります」その向上心が、彼女のモチベーションにもつながっています。



変化に努力が求められるほど、チャーリー・マーティンにとっては、それが必要不可欠なものとなります。「いくつになっても、自分の認識や信念を問い直し、新しいことが学べます。そうすれば、失敗を繰り返さないようにできます。私は自分の人生で重大な変化を経験してきました。どうしても受け入れたくない時もありましたが、受け入れざるを得ませんでした。それでも、いつだって、鏡を見つめて、私は人生の課題に全力で立ち向かっている、と言える自分でいたいと思っています」。

明るい未来

降りしきる雨の中、チャーリー・マーティンがフィニッシュ・ラインを通過したとき、惜しくも表彰台を逃してしまいました。とはいえ、何度も中断されて混乱していたレースでクラス4位になったのは、彼女にとって予想外の好成績でした。さっそくスマートフォンを取り出して、そのニュースをフォロワーに共有します。しかし、彼女には、何年も前から目指している究極の夢があります。「ル・マン24時間耐久レースを完走したいと思っています。97年間の耐久レースの歴史において、トランスジェンダーのドライバーがスタート・ラインについたことはありません。LGBTQのドライバーとして初めて、世界で最も有名なレースに参戦することは、モータースポーツの多様性を大きく前進させることにつながります」ニュルブルクリンクでの成功は、この夢を実現するための重要なマイルストーンとなりました。

ひとつだけ確かなことは、チャーリー・マーティンが、サーキットの中でも外でも、ル・マンに旋風を巻き起こす力を持っているということです。

チャーリー・マーティンの #NEXTGen パネルトーク “あなたが変わらない理由は何ですか" をご視聴ください。

画像:Marc Wittkowski;記事:Markus Löblein

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