彼女が手にした、 サーキットでの勝利。

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ドイツ出身のヴァネッサ・ミエンタスは、建築を学んだ後にサーキットの設計を専門とするようになりました。以来、アブダビからメキシコ・シティまで、世界各地のF1サーキットを手掛けてきました。彼女はその才能と情熱によって、男性が大多数を占めるこの業界において“ポール・ポジション”を獲得するまでになったのです。

2020/4/30

エルマノス・ロドリゲス・サーキット(メキシコ)にて。ドイツ出身のヴァネッサ・ミエンタスは、建築を専攻した後にサーキット設計の専門家として活躍。アブダビからオースティンに至るまで、世界中のF1コースを手掛けてきました。

ヴァネッサ・ミエンタスは、暖房の効いた建設現場のキャビンに座り、目の前に広げられた設計図に目を凝らしていました。キャビンの周囲には、名もなき広大な敷地だけが広がっています。メキシコ・シティから南西に約20マイル、人口50万の街トルーカの近郊で、新しいサーキットの建設が行われているのです。さらに彼女はサーキットだけでなく、600人のクラブ・メンバーのみが利用できる、メキシコ・スピードウェイ・ドライブ・リゾートの建設も同時に手掛けています。(→関連記事を読む:セレブリティたちのレース・リゾート ※リンク先の記事は英語です。)

しかし、 “大富豪たちの遊び場”として訪れる人々の心を満たすには、施設はまだ十分とは言えません。次のセクションは数週間後に完成する予定で、現場では掘削機や作業員たちが忙しく働いています。そのなかにあって、ヴァネッサはマネジャーとして現場のすべてを統括し、全体の指揮を取っています。

「サーキット」という巨大プロジェクト

サーキットの設計と建設は、建築業界において最も複雑かつ高度な分野のひとつである。

ヴァネッサは39歳にして、すでに世界各地のF1サーキットの建設に携わってきました。サーキットの設計と建設は、建築業界において最も高度な分野のひとつと言われています。「すべてをゼロから始めた場合、コンセプト・スケッチから起工式まで約18カ月もの時間がかかります」と彼女は言います。厄介なのは、サーキットが新設される場合、その規模の大きさと騒音問題を避けるために、ほとんどが都市の中心から遠く離れた場所に建設されるという点です。これは道路を含めたアクセス手段をはじめ、電力供給等のインフラから整備しなければならないことを意味します。

建設予定地の地盤や高低差などの地形、そして現地の文化や建築様式は、サーキットのコース・レイアウトを大きく左右します。しかし、レイアウト上で絶対に忘れてはならないのは、これから建設しようとしているサーキットが多種多様なカテゴリーのレースでの使用を目的としているものなのか、あるいは特定のカテゴリーに最適化されたものが望まれているのか、ということです。例えばF1レースにおいては、コースにはオーバーテイクのための長い直線と、その先のタイトなブレーキング・ポイントが必要とされます。これに対し、オートバイ・レースにおいては、より曲線的な、カーブが連続するようなコースが理想的なレイアウトとされます。(→関連記事を読む:より速くコーナーを駆けぬけるための12のヒント ※リンク先の記事は英語です。)

サーキットの枠を超えた仕事

「サーキットの建設計画には、コースだけでなくイベント全体についての構想も含めなければなりません」と、ヴァネッサは説明します。「例えばドリンク・スタンドはどこにあれば良いか。パドックはどのように配置するか。安全のためのフェンスはどこに設置するか。サーキットが激しい雷雨に見舞われた場合、スタンドの観客全員を8分以内に安全な場所へと避難させるにはどうすればよいか。そして、イベントへの行き帰りにおいて、観客をできるだけスムーズに移動させるにはどうすればよいか、といった事も考えねばならないのです」。

ヴァネッサは同時に、観客がレース・イベントに求めるものが大きく変わってきた点についても説明を続けます。現代の観客は単にレースを観戦するだけでなく、そこに総合的なエンターテインメントを期待しているのです。「30年前の牧歌的な観客たちは、何かを食べたり飲んだりしながら思い思いにレースを観戦していました。しかし今では、F1のウィーク・エンドにはジャスティン・ティンバーレイクのようなエンターテイナーが会場に登場します。このような状況が観客をある一点に集中させ、スムーズな移動を難しくさせるのです」と彼女は言います。

「私は常に、マスター・プランを頭に入れながら仕事を進めます。そしてすべてがスムーズに進むよう、障害となる要素を探り、修正していくのです」
ヴァネッサ・ミエンタス

建築家

プラン上の障害

メキシコ・スピードウェイ・ドライブ・リゾートの建設現場を統括するマネジャーとして、ヴァネッサはモータースポーツとは無関係の投資家や建設会社、サービス・プロバイダーの間を仲介し、連絡や調整を行います。こうしたコーディネートも彼女の重要な仕事です。「私は常に、マスター・プランを頭に入れながら仕事を進めています」とヴァネッサは語ります。「そしてすべてがスムーズに進むように、障害となる要素を探り、修正するのです」。

このプロジェクトのマスター・プランは、ヴァネッサが仕事を引き受けた時にはすでに出来上がっていました。しかし建設予定地に合っていると思えない点が多々あったため、彼女はすぐにそのマスター・プランを破棄しました。さらに実際の建設作業の過程において、彼女が決定を下さなければならない判断は多数存在します。場合によっては却下したり、再考を求めたり、時には折り合いをつけたりと毎回解決策を模索するのです。これは、完璧主義を標榜するマネジャーに課せられた、一種の試練なのです。

このプロジェクトが竣工を迎えると、86エーカーにおよぶ敷地には2.4マイルのサーキットと、コースに寄り添う約45棟の高級別荘が建ち並ぶ事になります。リビング・ルームからサーキットへ、という、カー・マニアの夢が叶うのです。

彼女はいったいどのようにして、このようなプロジェクトへ携わることになったのでしょうか。

ヴァネッサ・ミエンタスは、メキシコ・シティにあるF1サーキットの改修に、約1年半の間携わりました。

大学からF1の世界へ

すべては2007年、人口25万人を擁するドイツの都市・アーヘンで始まりました。当時、ヴァネッサは建築学を修めて大学を卒業したばかりで、仕事を探しているところでした。そして、街を出てより広い世界で働こうと考えていた矢先、土木技師のヘルマン・ティルケからオファーを受けます。アーヘンに本社を置くティルケの会社は、ホテルやショッピング・モール、病院の設計と建設を行うだけでなく、サーキット建設の分野において世界をリードしていました。アブダビ、マレーシア、バーレーン、オースティン。新設されるF1サーキットのほとんどを、ティルケの会社が手掛けていました(→関連記事を読む:世界で最も壮観なストリート・サーキット ※リンク先の記事は英語です。)その魅力的なオファーを受け、ヴァネッサは慣れ親しんだこのアーヘンで、自らのキャリアをスタートさせることにしたのです。

その時点まで、ヴァネッサとモータースポーツの接点は一切と言っていいほどありませんでした。しかし生活は一変、彼女の日々はレーシング・マシンやコーナー・レイアウト、アスファルトなどを中心に回るようになっていくのです。

毎日が挑戦でした。知識が身につくまで先輩たちに多くのことを質問しなければならなかったし、ミスをしてしまうこともありました。ある日、大きなミーティングで彼女は、コースの両端にある「赤と白のもの」を何と呼ぶのか、と質問したことがありました。それはモータースポーツに携わる者なら誰もが常識として知っている「縁石」の事でした。決まりの悪い思いをしたヴァネッサでしたが、しかし、そのような経験は逆に糧となりました。やがて彼女はサーキットに関するありとあらゆることに習熟し、細かな点に至るまで、すべてを理解できるようになりました。

“ポール・ポジション”を勝ち取るまでの闘い

交渉、ひらめき、解決策の模索。サーキット建設という挑戦は、完璧主義者であるヴァネッサ・ミエンタスを常に駆り立てます。

彼女の仕事においては、「女性である」というだけで困難を伴う場合があるのも事実です。F1の世界のみならず、サーキット建設の世界においても、女性は珍しい存在です。特に管理職を務める女性は、ほとんどいないと言って良いでしょう。テクノロジーが発達し、男女の格差が少なくなったこの21世紀においても、同僚である男性たちの多くはヴァネッサの能力を疑い、見下すような態度を取りました。彼女が誰かのアシスタントと間違えられたことも、一度や二度ではありません。

その闘いはもどかしく、精神的にも非常にタフな闘いです。「仕事が終わってからクルマのなかで涙を流す事もありました。でも、それで強くなれました」と彼女は当時を振り返ります。既存の男性集団に割り込んできた例外的な女性、という立場は、まったく愉しいものではなかったでしょう。性別がなぜこんなに大きな問題になるのだろうか、とヴァネッサは自問します。重要なのは、一日が終わった時に仕事がどのようになされたのか、という事なのです。

“初レース”での、かつてない感動

2009年11月1日。ヴァネッサが最初に手掛けたサーキットである、アブダビのヤス・マリーナ・サーキットをF1マシンが初めて走りました。その時、彼女はアーヘンで、テレビの前に誇らしげに座っていました。寝食を忘れるほどに取り組んできた事の華々しい成果を目にするのは最高の気分なの、とヴァネッサは興奮気味に語っていました。しかし、この街を出て世界で挑戦してみたいという考えは、彼女の頭から消えてはいませんでした。

2014年春、そのチャンスは巡ってきました。かつてメキシコ・グランプリの開催地であったエルマノス・ロドリゲス・サーキットを20年以上にわたる休眠状態から蘇らせ、F1レースが開催できるレベルにまで改修することが決まったのです。ヴァネッサは、この業界で自分がキャリアを築くにはこのチャンスをつかむ以外にないと確信し、すぐにメキシコ・シティへと飛びました。

メキシコ・シティでの最初の数日間は、その鮮やかさや賑やかさ、そして暑さを体感する毎日でした。同時にヴァネッサは、モータースポーツに熱狂する民衆の様子に圧倒されました。人々が醸し出す生への強い欲求とメキシコの文化に興味を持った彼女は、建築管理におけるドイツの原則を現地のスタイルに適応させる術を身につけました。そしてそれを、いつどのように最大限活用すれば良いのかも学びました。

レース前の静寂:メキシコ・グランプリの舞台、エルマノス・ロドリゲス・サーキット。F1ドライバーたちの熱き戦いの歴史が、この地をモータースポーツ・ファンのメッカにした。

失意の底から、夢の仕事へ

エルマノス・ロドリゲス・サーキットの改修が完了し、F1のメキシコ・グランプリが終わると、ヴァネッサはメキシコ・シティからアーヘンへと帰らなければなりませんでした。雨の降る陰鬱な11月中旬、彼女はドイツへと戻りました。古びたデスクに座って窓の外を眺めていると、次第にメキシコへの恋しさがあふれてきました。ドイツへの帰国が、キャリアの後退のように感じられたのです。

彼女はメキシコでの仕事を探し始めました。しかし、彼女がその時見ていたのは小さなマーケットに過ぎませんでした。ヴァネッサいわく、新しいサーキットが建設されることは1年か2年に世界で1つ、あるかないかです。巨大な資金が投入されるこのプロジェクトの実行にあたっては、世界規模での熾烈な競争が繰り広げられます。さらに多くのプロジェクトが、例えば戦争などの外的要因により中止に追い込まれます。近年、F1サーキットが政治的に安定していない国々で建設されることが多くなっている背景には、このような巨大プロジェクトを成功させることにより、自国の実力を世界に証明し、アピールするというホスト国の目的があるのだと考えられています。

そのような狭き門をくぐり抜け、オファーは突然やってきました。サーキットの建設をマネジメントする仕事です。それもメキシコで。ヴァネッサの夢が、現実のものになろうとしていました。

「アスファルト自体はそれほどワクワクするようなものではありません。でも、私は自分の胸が高鳴っていることに、気付かずにはいられないのです」
ヴァネッサ・ミエンタス

建築家

メキシコでの第2ラウンド

縁石に残るタイヤ痕:ヴァネッサ・ミエンタスにとって、サーキットはアート作品に等しい。

ヴァネッサはすぐに、メキシコ・スピードウェイ・ドライブ・リゾートでのマネジャーの職に応募し、見事に採用されました。彼女には最高の推薦者がいたのに加えて人脈もあり、何より男性優位のこの業界で成功する術を知っていました。それでも、夢の仕事に就くことは、けっして簡単な決断ではなかったと彼女は言います。「私は35歳でした。友人や知人たちはドイツで結婚して子どもを持ち、マイホームを建てていました。でも私は、メキシコへ移住するという決断をしたのです」。安定ではなくリスクを取り、彼女は見事にチャンスをつかんだのです。

ヴァネッサがメキシコ・シティに戻ってから3年が経ちました。彼女はラグジュアリー・モータースポーツ・クラブの建設準備を続けており、工事が始まってからは1年と少しになります。彼女の仕事上の役割は、プロジェクトの進行とともに変化しています。以前はサービス・プロバイダーとしての仕事をしていましたが、今ではクライアントのために、サービス・プロバイダーをコーディネートする立場へと変わりました。頼るべきチームのなかった彼女は、こうした役割を、たった一人でこなしてきたのです。

さらに、ヴァネッサは2つ目の新たな仕事を手にします。モータースポーツ・クラブの建設マネジャーと同時に、自身が改修に携わったメキシコ・シティのエルマノス・ロドリゲス・サーキットでのコース運営を管理することになったのです。そこでの彼女の仕事は、レース開始前に、モータースポーツに要求される基準、特に安全性に関する基準が確実に満たされているようにする事です。それは彼女が始めて一人で全責任を負うことになった仕事でした。「今でも、緊張で心臓が飛び出しそうになります。実際に極限レベルの責任が求められる仕事です」。それゆえ、まったく問題がないことを自分自身で確信できるまで、彼女はすべてのポイントを何度も何度も、納得するまでチェックします。

アスファルトへの愛

ヴァネッサ・ミエンタス。彼女にとって、もっとも大きな歓びとは何でしょうか。先般、彼女はついに、モータースポーツ・クラブの建設現場に再び自分のコンテナ・キャビンを持ちました。ヴァネッサは現場を歩き回りながら、工事の進捗状況を見極めます。「パソコン作業はもうたくさん、という時は、外へ出て作業をチェックし、写真を撮り、報告書を書きます。この現場で退屈する事なんて、あり得ません」。彼女はメキシコの太陽の下、広大な建築現場を毎日何マイルも歩きます。

メキシコ・スピードウェイ・ドライブ・リゾートは、ちょうど1年後に完成予定です。ヴァネッサは完成後、コース運営の責任者を引き受けるつもりです。彼女はコースの使用方法や間隔、ルールの制定を行うことになります。その後はどうするのか、という質問にヴァネッサは明確な答えを避けました。このプロジェクトが完了するまで、その先のことは考えたくない、というのがその理由だそうです。

「もしかすると、建築学の論文を仕上げるかもしれません。もう何年も、デスクの上に置いたままにしていますので。でも、ひとつだけ確かなことがあります。それは私が、アスファルトに関わる仕事をするだろうということです」。少しだけ打ち明けてくれたヴァネッサは、さらに言葉を続けます。「アスファルトそれ自体は、普通はそれほどワクワクするものではないでしょう。でも、私は自分の胸が高鳴っていることに、気付かずにはいられないのです」。

F1グランプリでハミルトンが勝っても、ベッテルが勝っても、それをヴァネッサが気に掛けることはないでしょう。彼女の目はドライバーではなく、サーキットを見ているのですから。

記事:ターニャ・ レムケ、マークス・ルブライン;
撮影: カルロス・アルバレス・モンテロ

衛星写真は  Planet Labs Inc. の好意による

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