

マキシム・ゼストコフ氏を説明するための、適切な言葉を見つけることは非常に困難です。
ゼストコフ氏が芸術家であることは確かです。彼はデジタル・アートワークを創作し、創作プロセスから使用するツールに至るまで、あらゆることを情熱的に語ります。芸術家がどうあるべきか、そして何をすべきかという伝統的な解釈をもっていえば、彼が芸術家であることは間違いありません。しかし、それ以上の何かがゼストコフ氏にはあります。
むしろ、地元モスクワからビデオリンクで語ってくれたゼストコフ氏は、探求者でした。あるいは、物理学者か。それとも、哲学者。技術者。詩人……。やはり、この35歳のロシア人、ゼストコフ氏については、ひとつに定義するのが容易ではありません。ですが、すぐに伝わってきたのは、技術を磨き、新しい手法やテクノロジーを試し続けた年月が、ゼストコフ氏にふさわしい場所やそれに合致した独自の表現の発見につながったということ。控えめに言っても、それは興味深い場所と表現です。


「伝統建築を学び始めましたが、途中でマッピングやモデリングに使う3Dソフトウェアの方が、はるかに大きなポテンシャルがあることに気づきました」とゼストコフ氏は語ります。「完成品やアウトプットを生みだすことが目的で、完成したらプロセスは終わり、という風に感じられました。明らかに終わりが存在している状態、それが自分にはしっくりきませんでした。ところが、3Dソフトウェアなら、正しい使い方さえ見つかれば、限界をはるかに広げることができると気づいたのです。3Dソフトウェアは、ゴールのない発見や実験に使うことができる可能性があると。手段そのもの、新しい予想外の何かを探求するツールになりうるのです」。
マキシム・ゼストコフ氏はこの気づきを「個人的でクリエイティブな解放」のプロセスと表現しています。かつてない進化を続けている高度な視覚化の世界とつながり、描写ツールであるソフトウェアを手段とすれば、かつては可能だと思えなかったやり方で空間的に、物理的に、視覚的に、そして数学的に探求することが可能なのです。ゼストコフ氏はたちまち夢中になりました。
その後、独学で発見を重ねる年月を経て、最終的にデジタル・ワークへの道に導かれました。原動力となったのはアルゴリズム、理論物理学、数学、そしてもちろん、物体とバーチャル・キャンパス、芸術家である自分自身との対話です。
「パソコンの前でたくさんの試行錯誤を重ね、膨大な時間を実験と描写作業に費やして、ようやく見えてきました。アートワークを通じて探求する自由を手に入れ、疑問を呈することができると。自分が提示した疑問を通じて、私たちが生きているこの世界や現実の理解を深めることにつながればいいと願っています。それは、私たちの周りに常にあるけれど、目には見えない事柄についてです。」と彼は語ります。
自分が提起した疑問を通じて、私たちが生きているこの世界や現実の理解を深めることにつながればいいと願っています。

このような「見えない現実」のひとつに生命を吹き込んだのが、新型BMW i4の発売に合わせてマキシム・ゼストコフ氏とBMWが開始したデジタル・アート・コラボレーションです。電流と即興の磁場が、私たちの周りにある見えない現実にどう影響するか。これを視覚化するために、ゼストコフ氏はアルゴリズムを利用して莫大な数の結果を計算し、その後、計算によって導き出された結果と、3つのバーチャル環境をめざす3Dで描出されたBMW i4の動きを重ねました。完成したのは、すべてがデジタル空間へ誘われる魅惑の旅。物理の法則がマップアウトされてむきだしのまま提示されているため、動くビジュアルを鑑賞者が見て、そして体験できるようになっています。


「電気化が地球を変えることをどう約束しているか、そして自分の作品が空間や次元、自然の力に対する認識をどう変えるか。この2つは同じ方向を向いている部分があるように思えます」とゼストコフ氏。「私が生みだした環境に流れている電流を利用して、空間と物体の対話が新しい現実をどのように実体化し創造するのか、提示したかったのです」。
ゼストコフ氏の作品は「ただの」視覚化を超え、メタファーに近い形式を取っています。描出されたBMW i4が周りにある目に見えない力とシームレスに対話するところを見ている私たちの目の前で、車は囲われた空間で静的な独立したエレメントから、私たちが環境について理解するための重要な存在に変貌します。つまり、自動車と電気が新しい現実を生むために力を合わせたとき、自動車と電気の両者に対する私たちの認識が変わるのです。
空間と物体の対話が新しい現実をどのように実体化し創造するのか、提示したかったのです。

「紙に描かれた円をただの円として見ようと決めてしまったら、それはただの円にしかすぎないものになります」と、ゼストコフ氏は説明します。「しかし、正しく見る方法がわかったら、この円は円柱や半円にもなれるのです。人間である我々には、次元や周囲にある現実に対する認知に限界があります。物理と自然の領域で限界があると私たちに認知されている、本質的にすべてのものは、実際には無限の解釈が開かれています。このことを理解するために、自分の作品が役立つことを願っています」。
言うまでもなく、無限という概念は理解しづらいものです。しかし、そこにこそ挑戦と機会の両方があるのだと、ゼストコフ氏は言います。デジタル・アートワークを誕生させる表現プロセスのために、彼は膨大なデータと偶発性を計算し、その後、結果とあらかじめ設定されたデジタル環境を組み合わせなければなりませんでした。もうひとつの挑戦:これが実際にうまくいく保証はどこにもありません。
「このような物理と視覚化を使って創作するときは、結果として何が起きるか、基本的にはまったく予測がつきません。計算を行うアルゴリズムを作成し、膨大なデータを視覚化しますが、想像したとおりに見えるかどうかはわからないのです。こうした問題がデータを使った作業、そしてプロセスとアウトプットのバランスを見つけるプロセスに大きく関わってくるのです」。
人間である我々には、次元や周囲にある現実に対する認知に限界があります。

最初のインスピレーションは、ミュージック・ビデオ監督兼映像アーティストのクリス・カニンガムのように、自分と似たような方法や哲学を利用しているバーチャルの探求者たちから得ています。そして、最終的な目標は、自分の作品を世界的な大規模ギャラリーに置かないことだと、ゼストコフ氏は明かしてくれました。ギャラリーや展示の最終的な目的とは、ゼストコフ氏が言う「アートを鑑賞してアートと対話する数多くの方法のひとつにすぎない」以上のものなのでしょうか?
「現代に生きる我々は誰もが、膨大にある小さなウインドウを通じてアートに触れることができます。その一例が携帯端末です」と、彼は先を続けます。「もちろん、現実世界のギャラリーで展示するときは、ある一定の物流や実用的な環境などに左右されるでしょう。それでも、アート体験自体はもはや、空間に押し込められるものではありません。すでに物理を超えたところへ進化している、終わりのない体験と解釈に向かって開かれているのです」。
それでは、若きモスクワ出身の芸術家、ゼストコフ氏が望むものは?その目的は?自分の創造物を理解するベストな方法はどのようなものだと考えているのでしょうか?
端的に言えば、その答えは体験と驚嘆です。


小さな画面で見るときも巨大なモニターで見るときも、大人数でいるときも1人で静かにしているときも、ゼストコフ氏のアート・シリーズは「作品から差し出される体験が重要」なのです。さらに重要なのは、彼の望みが、新しいアイデアや刺激やインプットを授けられた鑑賞者に好奇心と驚嘆を感じる気持ちを植えつけ、宇宙における自分自身の役割について自問させることなのです。なぜなら、ゼストコフ氏によってマッシュアップされたデータ、物理、哲学、数学そしてビジュアルに浸ることで、私たちは最終的にひとつの大きな現実に向き合わざるをえなくなるためです。重要なのは我々がすでに知っている事柄ではなく、知らない事柄のほうなのだと。
このように見ると、自己を描写する方法を正確に知らなくても、それがとるに足らないことのように思えてきます。それはあくまで、表面をなぞっただけの表現に関わる問題にすぎず、硬直した思考やすべてを分類してまとめ、箱の中に放り込む人間が生来持っている傾向を反映しているだけ。
言い方を変えれば、ゼストコフ氏と私たちの精神を広げる彼のミッションにおいて、それはじつに理にかなったことなのです。
マキシム・ゼストコフ氏はロシア人のメディア芸術家兼メディア・ディレクター。視覚言語の境界で移り変わるデジタル・メディアの影響に重点を置いた創作をしている。
独立した芸術家およびデザイナーとして10年活動した後、2015年にZhestkov.Studioを共同設立。デザイナーや技術専門家とともに商業プロジェクトと芸術プロジェクトの創作を開始した。2019年、スタジオの商業部門としてMedia.Workを立ち上げ。
アート作品は世界中で展示されており、BMW、Google、マイクロソフト、ソニー、アドビなど世界有数の野心的なブランドと商業的プロジェクトでコラボレーションしている。
著者:デイヴィッド・バーンウェル;写真:マキシム・ゼストコフ/Media.Work;動画:マキシム・ゼストコフ/Media.Work