初めは、ラップ・ミュージシャンと彫刻家に共通点などあるのだろうかと思うかもしれません。かたやリリックを巧みに操り、かたや素材と形状を操る。たしかに、その芸術の領域はまったく異なりますが、両者には類似点もあり、芸術と音楽は相互にインスピレーションを与えてきた歴史があります。創作プロセス、芸術そのものの役割、作品から引き出される教訓。これらは媒体を問わず、どのようなアーティストの人生にとっても身近なものです。
ラップ・ミュージシャンのナズと芸術家のケネディ・ヤンコには、他にも共通点があります。それは、ナズは最近ロサンゼルスに転居したものの、ふたりともニューヨークをホームと呼んでいることです。BMWは、そのホームであるブルックリンでインタビューを実施。ふたりのスターはたがいの作品について理解を深め、パープルのBMW M3 Competitionで「眠らない街」をドライブしました。


この小さな旅の中で、現代芸術で大成功をおさめているアーティストの舞台裏を垣間見る貴重な機会に恵まれました。最初にヤンコのスタジオを訪れ、次にナズのホームであるクイーンズブリッジ地区へ赴き、締めくくりにナズが共同経営するレストラン「Sweet Chick」へと足を運びました。
ナズ(本名:ナーシアー・ビン・オル・ダラ・ジョーンズ)は90年代始めにクイーンズブリッジで活動を開始し、創造性あふれる天才的なリリックで瞬く間に名声を高めました。それから、1990年代後半にはアメリカ東海岸でラップが黄金期を迎え、ナズは数々のシングルとアルバムで大ヒットを連発し、確固たる地位を築きました。
1994年にリリースされたデビュー・アルバム『イルマティック』は、いまなおラップ界の古典的名作、現代の偉作として神聖視されており、熱心なコレクターたちの必須アイテムとなっています。同様に高い評価を受けているその後のヒット作も『It was written』、『I am…』、『Nastradamus』、『God’s Son』、『Stillmatic』など、枚挙にいとまがありません。このジャンルを好む人に尋ねれば、ナズがラップ・ミュージック史上最高の一人であり、創造性あふれる物語を次々に紡ぎだす真の才能の持ち主であることが、すぐにわかるでしょう。彼は世界中のファンの心に、永遠にその名を刻んだのです。
ケネディ・ヤンコはセントルイス生まれですが、現在はブルックリンのブッシュウィックに生活と創作の拠点を置いています。彼女は、同世代でもっとも才能ある彫刻家、インスタレーション・アーティストとして、その名を知られています。
ヤンコが素材として主に使用しているのは、金属や金属スクラップにペイントを施した彫刻、大理石、ガラス、乾燥させて彫刻化された大量の絵の具です。彼女は自身の創作プロセスを「対話と再定義」と表現しています。素材が持つ物理的特性を理解した上で、素材をかつての形状から解き放ち、新たな認知を見出し、次なる新しい表現へと移行させるのです。


ヤンコのデビューは2019年。3つの個展が開催され「Highly Worked」(ニューヨーク州ニューヨーク・シティ)、「Hannah」(イリノイ州シカゴ)、「Before Words」(ミシガン州グランドラピッズ)はいずれも評判を呼び、2020年にはさらに2つの個展「Because it’s in my blood」(イタリア、ミラノ)、「Salient Queens」(カリフォルニア州ロサンゼルス)が開催されました。2021年にはさらに2つの個展「Postcapitalist Desire」(ニューヨーク州ニューヨーク・シティ)、「Three Generations」(ニューヨーク州ニューヨーク・シティ)が開かれ、ヤンコはルベル美術館のアーティスト・イン・レジデンスという名誉を授かりました。招聘された土地で取り組んだ「White, Passing」というタイトルの過去最大サイズの作品は、ルベル美術館で披露され、現在も同美術館に展示されています。
彼女の作品は公私にわたってコレクションされており、サウスフロリダ大学や、マイアミのウエスト・パームビーチにあるザ・バンカー・アートスペース、アルゼンチンのブエノスアイレスにあるエスパシオ・タクアリのような私設美術館にも展示されています(➜ さらに読む:アートコレクターになる方法※リンク先は英語です)。


このようなマインドのふたりが出会い、共通点を見出したときに、いったい何が起きるでしょうか。まずお伝えしたいのは、創造性というものが、決まった領域や特定のカテゴリに収まるものではない、ということです。
「ラップ・ミュージックとは、ことばで実体を持たせること」。自身のリリックがどのように、そしてなぜ、あのような言葉で表現されるのかと尋ねられたナズは、こう答えてくれました。「心に浮かんだものをページの上にのせ、レコーディングで表現します。これはじつに素晴らしい体験です。ことばにはパワーがありますから。しかしながら、これは誰にでもできることなのです。こうした創造性を見出すことは誰にでもできますし、どんな些細なことからでもインスピレーションを得ることはできます。そこに入り込めさえすればいいんです」。
「私も創作中にそう思うことがよくあります」と、ヤンコが応じます。「思考から実体への変質が起きるのは、彫刻をしているとき。なんらかのエネルギーと共鳴しているときですね」。
心に浮かんだものをページの上にのせ、レコーディングで表現します。これはじつに素晴らしい体験です。ことばにはパワーがありますから。
しかし、思考を現実のものとすることは、言葉でいうほど容易ではありません。インスピレーションとひらめきの瞬間が、あらかじめ計画したり制御できるものでないことは、どんなアーティストも知っています(➜ さらに読む:ジェフ・クーンズ:意味がすべて)。そして、ふたりもすぐに賛同したように、制御できないほうがいい場合さえあるのです。
特にヤンコにとっては、これが当てはまります。ヤンコは創作プロセスの一環として、素材と「正式な対話」をするのだと明かしてくれました。素材となる金属スクラップは、車を走らせながら見つけることが多く、その特性と現在の形状を完全に理解するために、対話をするのだそうです。対話をしてようやく素材の扱い方がわかり、創作への第一歩を注意深く踏み出せるのです。


「私から反応を引き出す『何か』を手に入れる、ということですね」と、このプロセスについて彼女は説明してくれました。「そのあとは、私自身がどう対応するかアイデアをたくさんひねりだし、それから実際の制作に入ります」。
「何もプランがない状態でスタジオへ入り、出てくるときにはこの数年来で最高の何かを携えている、ということが時折ありますね」と、ナズも同意しています。「何もプランを立てないというのが好きですね。そんなときに、予想もしていなかったものが浮かび上がってくることがあるからです。自分の内にそんなアイデアが眠っていたのかと気づく、これは得るものが非常に大きい体験です。スタジオに入るだけ、あとはその空間が語りかけてくるので、それに身を委ねるのです」。
私から反応を引き出す『何か』を手に入れる、ということですね。
これは往々にして孤独な作業となります。才能あふれるアーティストが、ひとりで背負わねばならない重荷です。しかし、アートやファッション、デザインといった世界では、コラボレーションや分野を超えた共同作業、クリエイティブなアイデア共有が増えつつあり、それに従うことで、新しい視点を得る機会も増えています。(➜ さらに読む:鍵を握るのは機敏さとハードワーク)。
ただ、ナズにとってそれは特に新しいことではありません。ラップ・ミュージック界では共同製作の歴史が長く、それがしっかりと記録に残されています。ラップ・ミュージシャンのアルバムでは、ゲストのラップ・ミュージシャンやシンガーが参加して、共同で製作することが非常に多いのです。ナズの言葉で表現するなら、彼は「すべての楽曲をひとりでつくる」わけではありません。


「つねにコラボレーションです。プロデューサーがいますからね。ほかのアーティストと組んだ楽曲をプロデューサーが聞きたいと望むかもしれない。これは自分では思いつかないアイデアかもしれません。プロデューサーの望みに応じて誰かと力を合わせ、自分ひとりでは成し得ない何かを創り出す。こんな風に誰かと一緒に組むことが、ものすごく好きなんです」。 ヤンコの場合、事情はやや異なっています。若きアーティストである彼女は、この職業が孤独になりえることをよくわかっています。 「孤独になる、という話ですね」とヤンコは語りだしました。「私の場合、彫刻を始めると、素材を見つけるために出かけることで世界に引き込まれていき、そこではっきりと目を見開かされます。自分の内に何かを発見する。それを(他者に)サポートしてもらうことはできるかもしれませんね。それはきっと、私にたくさんの変化をもたらしてくれるでしょう」。
私の場合、彫刻を始めると、素材を見つけるために出かけることで世界に引き込まれていき、そこではっきりと目を見開かされます。
ブレークスルーを果たし、星空に羽ばたくことを望む者にとって、こうした変化こそが、ゲーム全体を変えうる力になるのです。ですが、いったいどうすれば、これがインスピレーションだと気づくことができるのでしょうか。あるいは、どんな衝動がよい結果につながり、どんな衝動が不発に終わる、ということがわかるのでしょうか。(➜ さらに読む:ジェフ・クーンズと、リーダーシップの技巧)。
「誰かと一緒に仕事をするのは重要なことだと思います。一緒に取り組むことで何が生まれるかについて、お互いが共通の関心を持っていると感じるはずです」と、ナズも見解を述べています。「ですが、場合によっては、誰かが何かをしているのを見て、おもしろいかもしれないけれど自分はやろうと思わない、ということもあります」。
「突き詰めれば、貢献するということなのです」ヤンコが付け加えます。「共同で何かを築き上げる、それは共通の体験と貢献を共に築くことでもあります。ですから、仕事や行動を共にする相手について考えるときは、意識をすり合わせることや安心感を求めますね」。


いつだって、身を乗り出して見ています。
誰と一緒に仕事をするかどうかに関わらず、心躍る出来事は今後、ナズにもヤンコにもたくさん起きるでしょう。
およそ30年のキャリアで、ナズはあらゆる業績を成し遂げてきました。数々の賞を授与されてきましたが、もっとも新しい受賞は2021年3月のグラミー賞。キャリア通算14回目のノミネートの末の受賞でした。ミリオンに達するレコード売上とダウンロード数、起業家や慈善家、メンターとしての成功に、新たな栄誉が加わったのです。一方、ヤンコのキャリアは、まだ始まったばかり。ですが、世界のアート・シーンに波紋を起こす彼女の作品は、非常に需要があります。最近では、ニューヨーク州ニューヨーク・シティにあるアンディ・ウォーホル・ミュージアムで開かれたサザビーズのライブ・オークションで、ヤンコの彫刻が最高額で落札されました。
次の挑戦を求めるふたりは、どのように情熱を維持しているのでしょうか。次の創作につながるインスピレーションやひらめきの瞬間を求るときに、ふたりを駆り立てるのは、いったいどのようなものなのでしょうか。


ナズにとって、それは明確です。好奇心といった昔ながらのシンプルな理由が、目的達成に貢献しているようです。
「次に何が起きるのか、いつだって、身を乗り出して見ています」とナズ。「このあとに何が起きるか期待する、それに尽きますね。次の展開をいつもわくわくしながら待っています」。
ヤンコの場合、鍵を握るのは彼女の人を驚かせる能力のようですが、一番に驚かせたい相手は彼女自身のようです。「私が一番衝撃を受けるのは、偶然起きる物事なんです」と彼女は言います。
「(自分が創る物の)見た目や手ざわりが、望んだとおりに仕上がるとは思わない、というのが私の考えです。そして、こんな風に創作できることが、私にとってなによりも大きな満足感をもたらす経験の1つになるのです」。
ナズとケネディ・ヤンコは、マイアミで開催されたアート・バーゼルのニューBMW Concept XM発表イベントに、特別ゲスト兼パフォーマーとして出席しました。
記事: David Barnwell; 画像: Nate Shuler; 動画: BMW